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Broadcast       top  vol.2

vol.1 「“さん”をつけたら蟹もヒト」

 某局の自然番組で、ほぼ赤道直下の太平洋上に浮かぶ島国、キリバス共和国のクリスマス島に生息する珍しい蟹の生態を取り上げ、特集していた。そのなかで、蟹たちが何万匹だか何十万匹だかで群れをなして道路を横断するもんだから、近年、島内での通行量が増え、ある意味、蟹にとっての脅威となっている島民の自動車に、どんどん踏まれていってしまうところが映し出されていた。それは、私がその番組にチャンネルを合わせてからほどなくのことであり、蟹たちの圧倒的な大群に対し、少々驚きながら観ていたのだが、そのくだりが何十秒か続くうちに、大群への驚きが薄れ、一匹一匹の個体に目がいくようになった。そうすると、踏まれていく蟹たちに対し、その瞬間目をそむけるほどではないにせよ、哀れを覚えるようになった。そして、死んでいく瞬間の映像を放送できる生き物の種類のボーダーはどのあたりにあるのだろうかということに思いが及んだ。

 もちろん人間として、同じ人間が死んでいく場面などは、通常の神経ならば見たくないはずなので除外するとして、じゃあ、どの生き物ならばOKで、どの動物ならNGなのか、ということだ。動物が死ぬシーンで真っ先に思い浮かぶのは、たぶん何度も目にしていると思われる、ライオンに狩られる草食動物という図だ。もちろん、殺されていく力の弱い動物に対して、かわいそうだという気持ちも生まれるが、それは、そもそも人間にとっても重要な食物連鎖を成り立たせるための摂理として、いたしかたがない弱肉強食の世界というものを表現しており、大自然のなかで日常的に行なわれているひとコマという扱いなので、ある種納得して見ているようなところがある。殺す側のライオンにドラマを設定することはあっても、殺されていく側の固体そのものにドラマを設定しているわけではないから、観ている側が、擬人化していないのだ。哺乳類でも、擬人化していなければだいじょうぶそうだ。

 では、爬虫類はどうか。魚類は?昆虫は?…。過去に目にしたことのある映像が表現していた意味と、それを見た自分の感情を思い出す。さらには、自分が直接体験した生き物との関わりを思いが及ぶ。
 
 もうあとは考えを進めることができる。
生き物の種類によって擬人化しやすいかしにくいの差はあるだろうが、要は、対象となる生き物の種類ではなく、その生き物を擬人化し、愛情を持ってしまうかどうかだ。

 先の番組でも、見ているうちに私の中ではどんどんと、蟹は単なる物体から生き物に変わり、ちょっと愛嬌があるなあなどと思い始め、そうなると完全なる擬人化となり、愛情がわいてしまった。もし、そうなってしまった後で踏み潰されていくシーンなどを見せられていたら、それは、ただの残酷ショーとしか受け取ることが出来なかったであろう。

 ワンちゃん、ゾウさん、アヒルさん…。
 カニだって、見ているうちに“さん”をつけたくなったらもうだめだ。
 テレビでは、殺すなら“モノ”扱いのうちに。“ヒト”扱いに昇格させたら殺しちゃだめ!
 今さら私が言うまでもないが、これが基本路線だ。   06.夏(文/黒田クーリー)